一級建築士 過去問
令和7年(2025年)
問10 (学科1(計画) 問10)

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問題

一級建築士試験 令和7年(2025年) 問10(学科1(計画) 問10) (訂正依頼・報告はこちら)

都市計画・都市デザインに関する次の記述のうち、最も不適当なものはどれか。
  • オスマンの「パリ改造」は、中世以来の高密度化した市街地の一部を取り壊して直線的な大通りを通し、幹線道路網や道路沿いの景観を整備することで、パリを近代的な都市につくり変えた。
  • C.A.ペリーの「近隣住区理論」は、都市と田園の利点をあわせもつ自立した小都市を計画する理論であり、その理論に基づいて、レッチワース(イギリス)などが計画された。
  • ル・コルビュジエらによりまとめられた「アテネ憲章」は、1933年の近代建築国際会議(CIAM)の議論に基づき、居住・労働・余暇・交通の4つの機能によって都市を捉える考え方を示した。
  • 丹下健三研究室による「東京計画1960」では、求心・放射型の都市構造の閉鎖性を否定し、都市軸の概念を導入することによって開放的な線形発展を可能にする都市構造を提案した。

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この過去問の解説 (2件)

01

都市計画・都市デザインに関する問題です。

選択肢1. オスマンの「パリ改造」は、中世以来の高密度化した市街地の一部を取り壊して直線的な大通りを通し、幹線道路網や道路沿いの景観を整備することで、パリを近代的な都市につくり変えた。

正しいです。

オスマンはパリ改造計画において、直線的な大通りを通し、景観の整備や交通循環の円滑化を図りました。

選択肢2. C.A.ペリーの「近隣住区理論」は、都市と田園の利点をあわせもつ自立した小都市を計画する理論であり、その理論に基づいて、レッチワース(イギリス)などが計画された。

誤りです。

設問の内容はE.ハワードの「田園都市」に関する説明です。

選択肢3. ル・コルビュジエらによりまとめられた「アテネ憲章」は、1933年の近代建築国際会議(CIAM)の議論に基づき、居住・労働・余暇・交通の4つの機能によって都市を捉える考え方を示した。

正しいです。

「アテネ憲章」は、居住・労働・余暇・交通の4つの機能によって都市を捉える考え方を示しています。

選択肢4. 丹下健三研究室による「東京計画1960」では、求心・放射型の都市構造の閉鎖性を否定し、都市軸の概念を導入することによって開放的な線形発展を可能にする都市構造を提案した。

正しいです。

丹下健三研究室による「東京計画1960」では、放射型の都市構造の閉鎖性を否定し、東京湾を埋め立て、線型による開放性を提案しました。

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02

最も不適当なのは、「C.A.ペリーの『近隣住区理論』は、都市と田園の利点をあわせもつ自立した小都市を計画する理論であり、その理論に基づいて、レッチワースなどが計画された。」という記述です。

この説明は、C.A.ペリーの「近隣住区理論」ではなく、エベネザー・ハワードの【田園都市論】について述べたものです。

ペリーの近隣住区理論は、小学校を住区の中心に置き、通過交通が住宅地に入りにくいように幹線道路で住区を囲むなど、日常生活をしやすい住宅地のまとまりをつくる考え方です。

選択肢1. オスマンの「パリ改造」は、中世以来の高密度化した市街地の一部を取り壊して直線的な大通りを通し、幹線道路網や道路沿いの景観を整備することで、パリを近代的な都市につくり変えた。

この記述は適当です。

19世紀のパリでは、細く曲がりくねった道路が多く、人口の増加によって衛生や交通などの問題が深刻になっていました。

ナポレオン3世のもとでオスマンは、古い市街地の一部を取り壊し、幅の広い直線的な大通りを整備しました。また、道路沿いの建物の外観をそろえ、公園、上下水道などの都市施設も整備しました。

これによって、パリは交通や衛生、都市景観の面で近代的な都市へと大きく変化しました。

選択肢2. C.A.ペリーの「近隣住区理論」は、都市と田園の利点をあわせもつ自立した小都市を計画する理論であり、その理論に基づいて、レッチワース(イギリス)などが計画された。

この記述は不適当です。

「都市と田園の利点をあわせもつ自立した小都市」という考え方は、C.A.ペリーではなく、エベネザー・ハワードが提唱した【田園都市論】です。

レッチワースは、ハワードの田園都市の考え方に基づいてつくられた世界最初の田園都市として知られています。

一方、C.A.ペリーの近隣住区理論は、住宅地を一つの生活単位として計画する考え方です。

主な特徴として、小学校を住区の中心付近に配置し、子どもが幹線道路を横断せずに通学できるようにします。また、幹線道路を住区の外周に配置し、通過交通が住宅地の内部に入りにくい構成とします。

したがって、この選択肢は【ペリーの近隣住区理論とハワードの田園都市論を取り違えている】点が誤りです。

選択肢3. ル・コルビュジエらによりまとめられた「アテネ憲章」は、1933年の近代建築国際会議(CIAM)の議論に基づき、居住・労働・余暇・交通の4つの機能によって都市を捉える考え方を示した。

この記述は適当です。

1933年に開かれた第4回CIAMでは、「機能的都市」をテーマとして都市のあり方が議論されました。

その内容をもとにまとめられたアテネ憲章では、都市を、

居住

労働

余暇

交通

という【4つの主要な機能】から考えることが示されました。

都市の機能を整理し、それぞれを合理的に配置しようとする近代都市計画の代表的な考え方です。

選択肢4. 丹下健三研究室による「東京計画1960」では、求心・放射型の都市構造の閉鎖性を否定し、都市軸の概念を導入することによって開放的な線形発展を可能にする都市構造を提案した。

この記述は適当です。

「東京計画1960」は、人口や都市機能が東京の中心部へ集中し続けることによる問題に対して、丹下健三研究室が提案した都市計画です。

従来の東京は、中心部から外側へ放射状に広がる求心・放射型の都市構造でした。

これに対して、東京湾を横断する【都市軸】をつくり、その軸に沿って交通、業務、住宅などの都市機能を展開する線形の都市構造が提案されました。

都市が中心から同心円状に広がるのではなく、軸に沿って開放的に成長できる構造を示したことが特徴です。

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